じゃがいもの母へ届けられたメッセージ

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じゃがいもの息子です。

今日がじゃがいもの母の命日になりますが、ここでひとつのメッセージを紹介したいと思います。名前は伏せさせて頂きますが、本当は告別式のときに読み上げたかったくらいの文章でしたので、このちょうど1年というタイミングで紹介させて頂きます。

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中谷さんは私の恩人です。私のように思っている方はたくさんいると思います。中谷さんはいつもごく自然に人助けをされる方でした。私も娘達も助けて頂きました。私が生きている間は決して中谷さんのことを忘れることはないでしょう。
中谷さんは会う度に素敵になって行かれている方でした。納得のいかない苦難も次々と降りかかってきたと思いますのに、いつも周りを心配させないように最大の配慮を払われ、笑顔を絶やされたこともありません。パワフルだけど気遣いに長けていて、信念はあってもやわらかで、責任感が強くて、頭の回転も速くて、行動力もあって、本当に頼りになる方でした。それなのに謙虚で、自分は何者でもないような態度でおられて。そのことがもう既にすごいことでした。私などずっと歳下なのに、気さくに接してくださり、当たり前のようにフォローしてくださり。
中谷さんは立派な人生を全うされて、次のステージに行かれたのだと頭では分かっているのですが、心は、中谷さんともっと会ってお話ししたかった、まだ何度も何度も会いたかったという思いが込み上げて止まりません。私などよりご家族方の失意はいかばかりかと思われますが。長々と申し訳ありません。
ご冥福をお祈りしますという言葉がなんだか空々しく感じてしまいますので、通常な言葉はあえて使うのをやめて、中谷さんに尽きないありがとうの気持ちと、お疲れさまという思いを率直に伝えさせて下さい。
そして何より、この人生で中谷さんにお会い出来て本当に本当に良かったと思っている人間がここにもいるということを、ご遺族の方にもお伝えしておきたいと思います。感謝でいっぱいの大好きな中谷さん。人としても尊敬していました。憧れてもいました。また次の生でもお会いしたいです。中谷さんに及ぶことは無理でも、少しでも近づけるよう、精一杯生きていきます。ありがとうございました。
本当にありがとうございました。

写真は初代じゃがいもの母。2016.2.28撮影。じゃがいもの息子の座っていた席からずっと見てきた横顔です。

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ABOUTこの記事をかいた人

1998年に仙台でじゃがいもの母と息子が開業した「自然食品の店じゃがいも」は、 18年間の営業ののちに店舗を譲渡し、その後じゃがいもの母は天国へ旅立ち、 譲渡した店舗もわずか数ヶ月で閉店になりましたが、 じゃがいもの母がこれまでに培ってきたism(精神)やレガシーを伝え続けるために じゃがいもの息子は「じゃがいもオンライン」を立ち上げました。